捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

 

個人差はあると思うけれど

身体が大人になるのは10代後半から20代前半。

そして社会に出て、学生気分も抜け

中には結婚したりする人もチラホラいたりして

精神的に大人になるのが20代後半。

 

自分が子供の頃に想像していた30代とは

かけ離れていたことに気付き

まだまだ若いじゃないか!と感じる30代前半。

 

若さが少し衰えてきたかな?とうすうす感じつつも

気持ちはまだ若く、若さにしがみついている30代後半。

 

意地張って若さにしがみついてきたけれど

身体だけではなく、精神的にも

もう若くはないという事実と直面する40代前半。

 


周りの若い人たちとの温度差を感じながらも

気付いていないふりをして

若者ぶって自分の老化を否定する。

みんなが気を使って

話を合わせてくれてることにも

話に付き合ってくれてることにも

気付かないふりをして。

 

中にはそれでも気にせず自分のペースで

突き進む人だっている。

それを悪いとも思わないし否定もしない。

生き方は人それぞれなのだから。

 

でもオイラは良くも悪くも弱虫なのだ。

周りが迷惑だと思ってなくても

迷惑かけてるんじゃないかなぁとそう思った時点で

オイラのいる場所はここじゃないんだ。と

そう思ってしまう。

そして誰にも気付かれないように

そっとその場を離れる。

 

寂しいなと思ってくれる人もいるだろうけれど

それは一瞬だけの感情。

明日になれば、何もなかったようにまた新しい1日が始まる。

 

オイラがいなくても大丈夫。

そんなカッコいいものではない。

オイラがいてもいなくても

何も変わらない。

それが真実。

 

 

ただオイラはここで人生を終えるわけでもないし

これからもまだまだ長い旅が待ってる。

いつかまた機会があればどこかで出会うこともあるだろう。

その時はまた気軽に声を掛けてくれればなぁと思う。

 

それから、これは個人的なことなんだけど

オイラは今まで避けてきたことを始めてみようと思っていて

その挑戦に対するオイラの決意のしるしでもある。

 

今まで楽しい時間をありがとう。

そしてこれからもこっそりと応援してくれれば

オイラにとってこれほど嬉しいことはない。

 

明日も笑顔で。

| 2017.06.01 Thursday | 18:23 | [ え と ぶん ] | comments(0) | hatu |

弥生まであと少し。

お久しぶりです。hatuです。
今年はこまめにブログ更新しようと思っていたのに
気がつけばもう2月も終わり。
すぐそこまで春がやってきてます。

今まで一体何をしていたのかというと
特になんにもしてません。
冬眠してました。
3月からは春休みの予定ですが…笑。


さてさて、今年は久しぶりにサッカーにハマってます。
なんでまた?と思われるかもしれませんが
実はオイラ昔からこっそりサッカー好きでして。

ヒデ(中田英寿)がイタリアのペルージャに移籍して
ユベントス相手にあわやハットトリックか!?という
ビッグニュースが飛び込んでくる前から
イタリアのセリエAなんかをケーブルテレビで見てました。

当時は専らインテリスタ(インテル・ミラノというチームのファン)で
その頃のセリエAは、世界最高峰と言われるほど
素晴らしい選手がたくさんいたのです。

20世紀の怪物と言われたロナウドや
イタリアの至宝と称えられたロベルトバッジョがインテルにいて
デルピエロとインザーギがユベントスに
アルゼンチンのバティストゥータがフィオレンティーナにいる。
そんな時代でした。

あの頃は、日本でもすでにJリーグが発足していたのだけれど
よほど人気がなかったのか
それともサッカーを広めようとしていたのか
ケーブルテレビを契約さえしておけば
そんなすごい選手が出てる試合をほぼ毎週、生で見れたのです。


少し話が脱線してしまいましたが
オイラが応援してるのはVファーレン長崎という
J2(2部)のチーム。

特にひいきにしている選手がいたわけではないのですが
(今年から加入したファンマというスペイン人の選手は一番のお気に入りです)
長崎という場所が昔からなにかと縁のある場所でもあり
好きな街でもあるという理由からでもあります。

それに、チームカラーのオレンジがとても好き。
(Vファーレン長崎はブルーとオレンジがチームカラーなのですが)
オレンジが好きなので、他にも同じくJ2の愛媛FCとか
フランスリーグ1のロリアンFCとかが好きです。

それと、もうひとつ。
このVファーレン長崎の監督をやっているのは、その昔アジアの大砲と言われた
あの高木琢也氏なのです。
知る人ぞ知る。みたいな話で申し訳ないですけど。

なんで長崎なんだ!福岡にもアビスパがあるじゃないか!と言われそうですが
アビスパは思いっきり地元ということもあって
昔からいろいろと関わりがありまして
あまりいい思い出がないというか、
福岡市民ならアビスパ応援するのが当たり前だろ!と
頭ごなしに決めつけられるのが好きではないというのも
大きな理由です。

まだまだオイラは隠居する歳もでないのですが
この先いつか隠居できるのならば
このVファーレン長崎のスタジアムのある諫早市に移住して
のんびりとサッカー観戦でもしながら
余生を過ごしたいなーとか思ってる次第です。


またまた話は脱線しますが
現実逃避するには、引越先を探すのが一番です。
ただぼんやりとどこかに引っ越したいなーとか言うのではなく
もっと具体的に候補を絞って、実際に物件を探してみるのです。
賃貸でもいいし、中古の一軒家でもいいし。
田舎の方だと、この間取りでこの値段???なんて物件もきっと見つかります。
最近はグーグルのストリートビューで
実際の風景をある程度細かく見ることもできるし
近くにこういうのがあるのかーとか
この部屋の窓から海が見えるのかーとか考えると
もう妄想は止まりません。笑。
ちなみに大分の別府市で部屋を探してみると
部屋にトイレはあるけど、お風呂がない部屋が多いです。
近くにたくさん温泉があるから、そこを利用しろってことなんでしょうね。きっと。

今は便利な世の中になったもので
ネットさえ繋がればどこでも仕事はできます。
(オイラの場合は…ですけども)
現実逃避ではなく、いつか実現したらいいなぁ。なんて
心の片隅に夢を抱きつつ、お仕事することにします。

今日、今年のJ2リーグが開幕しました。
オイラはVファーレン長崎のファンでも
住んでいる場所が福岡なので
アビスパ福岡とトリニータ大分をNHKで見てましたが。
長崎は4-0と快勝したので、急いで記念のイラストを描きました。



※ダゾーン(DAZN)という黒船がやってきて、放送権を全て買い取ってしまったため
 なかなか試合を見ることはできなくなってしまいましたが
 うちのひかりTVでDAZNが対応すれば、もしかしたら契約するかもしれません。
 
というわけで、明日も笑顔で。

| 2017.02.27 Monday | 01:50 | [ え と ぶん ] | comments(0) | hatu |

8.15


8月15日。
今年も、うだるような暑さの中、この日がやってきた。
今までは政治的なこととか、戦争のこととか
そういうことはなるべく書かないように
楽しい、ほほえましいようなものを描くようにしてきた。
特に理由があったわけではないが、
良い子ぶるようであまり気が進まなかったのだ。

今年もこれと言ってなにかあったわけではない。
ただ、ふと気になったことがいくつかあるので
こんなタイトルで書いてみた。


オイラの記憶の確かならば
日本の8月は、戦争や人の命について
いろいろ考えさせられる時期だったと思う。

新聞のコラムには、戦争にまつわる話が書かれ
戦争を体験した人たちの手記が投稿される。
テレビでは「はだしのゲン」や「火垂るの墓」が放送され
帰省先の実家では、つまらないながらも
両親や祖父母たちの戦争の話に耳を傾ける。
それが、8月の風物詩の一つだったはず。

ところが、戦争が終わって70年近く過ぎようとする昨今
この8月の様相が少し変わってきたように思える。
不景気のせいもあってか、スポンサーに頭の上がらないテレビ局は
視聴率を優先したバカバカしいバラエティを流し
NHKだけが申し訳ない程度に合同慰霊祭を放送している。
映画を作れば、喫煙シーンが多いだの
子供の裸が映っているだの、よからぬいちゃもんをつける。
挙げ句の果てに、国会議員たちは
平和を謳った憲法第9条まで改正しようとたくらんでいる。
戦争が終わって、どれだけ戦争が愚かなことかと
その罪の深さを認め、もう二度と過ちを犯さないと
先人達が作り上げた、あの誇りはどこにいってしまうのか。


終戦から長い時間が過ぎ、戦争を体験した人は減っていき
戦争を知らない人が増えて行く。
それは、それだけ平和な時間が過ぎたという証拠であって
ある意味喜ばしいことなのかもしれない。
だけど、これだけは絶対に風化させてはいけない
日本の過去。世界の過去。
そして、今でも世界のどこかで戦争が続いているということも
忘れてはいけない。


小学校の頃に、学校の授業で「部落問題」というのを習った。
遠い昔、あの地区は何と言う部落で
卑しい農民達が住み、周りから差別を受けていた。
そんなこと今の子供達は誰も知りやしない。
かえって無駄な知識を与えたが為に
また新たな差別を生むのだと思った。

今になって思えば、それは間違っていて
昔そういうことがあったから
みんなはやってはいけません。という教えだったと気付く。
ただ、実際の地名をあげていじめを助長しかねない教え方にも問題はあったと思うが。


もちろんオイラも戦争を経験していない年代。
戦争がどんなにひどいものか
想像することしかできない。
だけど、祖父母や両親から話を聞いたことがある。
戦時中のこと
戦争から奇跡的に生還した祖父のこと
戦死した祖父の兄弟のこと。
戦争を体験した、その本人から直接話を聞いたのだ。
たとえそれが間接的でも、後生に伝える義務があると思う。

幸いにも、人に何かを伝えることを生業として生きている。
どんなに規制されようとも、どんなに非難されようとも
それだけは譲ってはいけないものだと
昨今の日本を見て、改めてそう思った。


明日も笑顔で。
2013年 8月15日

hatu
 
| 2013.08.15 Thursday | 01:53 | [ え と ぶん ] | comments(0) | hatu |

暑中お見舞い申し上げます。


数日前にようやく雨が降って、ひとつき以上も続いた熱帯夜が終わりを告げた
ここ、福岡ですが
また今日から雨の降らない真夏日が始まりました。
ただ、それでも陽が落ちてしばらくすると
幾分は涼しくなったように感じます。
暑さに身体が慣れてきただけかもしれませんが。

ようやく梅雨が明けた地域もあれば
大雨が続いたり、突然の豪雨で水害に遭った地域もあります。

天候の変化とお身体にはくれぐれもお気をつけて。

明日も笑顔で。
 



| 2013.08.07 Wednesday | 01:03 | [ え と ぶん ] | comments(0) | hatu |

近況。

 ども。ご無沙汰してます。hatuです。
最近、ホームページも更新してないし
ブログも更新してないし
いったいhatuは何をしてるんだ!と
お思いの方もいらっしゃるかと思いますが…
今年の春くらいにHPを改装しようと考えてまして
あーだこーだとやってるうちに
お仕事が入ってきたり、いろいろ忙しかったりで
なかなか改装できてません。。。

なんとか夏くらいにはHPをリニューアルさせたいのですが
これからはまた暑中見舞を作ったり、Tシャツを作ったり
忙しくなるので、もしかしたら秋くらいになるかもしれません。。。

とりあえずhatuは生きてます(笑)


こちらが今日納品し終えたばかりのイラストの一部です。
発売されるのは8月です。

ではでは、明日も笑顔で♪



| 2013.05.28 Tuesday | 01:10 | [ え と ぶん ] | comments(0) | hatu |

ありがとう。

 

生きていれば今年で100歳になるはずの祖母が生まれた大正2年に
祖父が中古で購入したこの家。
戦時中もかろうじて戦禍を逃れ、幾度となく増築や改築を繰り返してきた。

祖父の代から父の代、そしてもちろんオイラも
生まれてしばらくの間と、大阪に住んでいた5年間以外は
大学を卒業するまでここで暮らしていた。

地震や水害、ボヤさわぎに泥棒と
ひとなみの出来事を経ながらも
幸いに今日まで現存している。


お盆やお正月には、親戚一同が集い
所狭しと机を並べて
総勢30名近くが酒を飲んで
さらには肩を寄せ合いながら寝泊まりして
てんやわんやの大騒ぎだった。

昔の玄関には「鍵」というものがなく
扉と扉の重なる部分に穴を開け
そこに太い五寸釘を刺して
鍵がわりにしていたのだけれど
そのおかげで
大学生の頃は朝帰りの度に
ドアを叩き、親や兄を起こしてから
家に入れてもらっていた。
毎回、申し訳ないなぁと思いつつ。
しかも、早朝から近くのお寺にお勤めしていた
祖父と遭遇したこともしばしば。


兄が初めて彼女を家に連れてきて
普段は騒がしい親戚が一斉に黙りこんだこともあった。

祖母が作るカレーは
ルーを使わずに、カレー粉と小麦粉で作るから
スープっぽいカレーだった。

祖父が亡くなったのは
オイラが大学生の頃で
夜中の3時前だった。
祖父が亡くなったことを父が告げた時に
祖母が声をあげて泣いたのを
初めて聞いた。

祖父の葬儀の時は
敷地に入りきれない程たくさんの人が来てくれて
それを陰から見ていた祖母の背中も覚えてる。

夢か幻か、数日後に亡くなった祖父の姿を
見たのもこの家だった。



良い思い出も、良くない思い出も
思い返せばキリがないのだけれど
この家がついに無くなることになった。

まだ正式に決まったわけではないのだけれど
ほぼ決まりそうだと、今日の夜に親から電話で知らされた。


築100年を越えるこの家は
今はもう誰も住んではいない。

老朽化が激しいのと
これから高齢になる両親だけでは
何かと心配だと言うことで
数年前に長男夫婦と一緒にマンションに住むことにしたのだ。

オイラや兄が約20年、親が約4〜50年
祖父母に至っては6〜70年も暮らしてきたこの家を
手放すのはもちろん辛いけれども
あちこち傷んでいる箇所を直すのは
かなりの手間や時間、それにお金だってかかるし
そもそも肝心の大黒柱が傾いているのだ。
リフォームどころの騒ぎではない。

かと言って、このまま空き家として放置しておいても
老朽化は進む一方。
万が一にも放火でもされようものなら
近所にも迷惑が掛かる。


家を売りに出す時に、母が
「あんたらに残してやるものが何もなくなる」と
悲しい顔をしていたけれど
一番寂しい気持ちでいたのは
オイラや兄よりも両親だったと思う。
親としても苦渋の決断だったんだろう。



おそらく、近いうちにこの家は取り壊され
新しい家が建ち、見たこともない人が住むことになるのだろう。

土地も含めて売却という形なので
もちろんそれなりの金額が入ってくるのだけれど
そのお金は、オイラたちに残してもらわなくてもいいから
両親のこれからのためだけに使って欲しいと思っている。

世の中には、転勤などで「実家」とか「田舎」とか
呼べる場所がない人だっている。
オイラには、その場所があっただけでも幸せだったのかもしれない。


今までありがとう。
そしてさようなら。

明日も笑顔で。
 
















| 2013.03.21 Thursday | 01:41 | [ え と ぶん ] | comments(0) | hatu |

無音生活



テレビが壊れたおかげで音のない時間を過ごしている。
窓の外からも音は全く聞こえない。

厳密に言うならば、テレビは完全に壊れているわけではない。
しばらく電源を消しておくと
再び映るようになるし
画面は映らなくても、音だけは聞こえる。

少し前から手話を勉強しているのだけれど
音が聞こえないというのは
いろいろと不便だと思うが
こんな生活も悪くはないかな。
もしも五感のうち、一つだけ奪われるとしたら
真っ先に聴力と答えるかもしれない。

そんなことを考える夜。
ヒーターの音だけが低く響いている。

明日も笑顔で♪
| 2013.02.05 Tuesday | 01:25 | [ え と ぶん ] | comments(0) | hatu |

2013年

あけましておめでとうございます。
今年は喪中のため、初詣にも行かず
ずーっと家にこもってお仕事してました。

さきほど、年またぎのお仕事を納品し終えたところです。
昨年末に入ってきた、憧れの出版社さんの憧れの雑誌のお仕事。
ワクワクドキドキしながら、張り切ってやっていたのですが
フタを開けてみれば、最近描いていたようなタッチではなく
リアルなタッチで、という内容。

以前はそんなリアルタッチで描いていたので、描けないことはないのですが
ここしばらくリアルなイラストは描いていなくて
ちょっと緊張しましたが、無事OKを頂いてホッとしているところです。

憧れだった雑誌からお仕事を頂けるということは
すごく嬉しいことで
今までやってきたことは間違ってなかった!報われた!
なんて思っていたのですが、
その雑誌の編集部に送ったポートフォリオでメインに推していたタッチ
(ある意味、その雑誌に合うように描いたつもりのイラストのタッチ)で
描いてくれと言われなかったのが、ちょっとがっかり。。。
それでも、自分の未熟さを改めて思い知らされ
また、イラストの需要と供給について考える良いきっかけになりました。


そのイラストの一部をちらっとご紹介。
今回はイラストカットでした。


発売は今月下旬なので、また改めてお知らせしたいと思います。


それと、遅ればせながら、昨年末から今年初めにかけて描いた
カットイラストをまとめてどうぞ。

今年もよろしくお願い致します。
素敵な一年になりますように。
今年も笑顔で♪

hatu


12月10日

12月23日

1月5日

1月6日

1月7日
 





| 2013.01.11 Friday | 01:48 | [ え と ぶん ] | comments(0) | hatu |

2012年

 

2012年もあと少しになりました。
昨日、無事に年内のお仕事を終え
今日はまったりと暖かいココアを飲みながら
2012年をゆっくりと振り返っています。

今年のオイラを一言であらわすならばおそらく「進」。
今まで、どこへ向かっているのか、
前に進んでいるのか、それとも後ろにさがっているのか
そんなことすらわからない状態だったのが
「なんだ、ちゃんと前に進んでたんじゃないか」と
確認することができたような気がします。
今までやってきたことが一気に報われた感じです。


2月の終わりあたりから
一日一枚を目標にイラストを描き始め
iPhoneの「my365」というアプリに投稿するようになりました。
そこでたくさんの人と出会い、いろんな刺激を受け
時には励ましてもらったり、応援してもらいました。

そして3月には、知人のイラストレーターさんに
雑誌の編集プロダクションさんを紹介してもらい
5月のゴールデンウィークあたりに
その会社からお仕事を頂けるようになりました。
久しぶりの全国誌。隔月発行ながらも
レギュラーのお仕事はとても嬉しかったです。

6月はオリジナルのTシャツを作りました。
my365の方たちをはじめ、たくさんの方から注文を頂き
初版、再版合わせて30枚くらい売れました。
できるだけ安くということで、利益はほとんどありませんでしたが
これもとても嬉しい結果になりました。

7月から8月にかけてポートフォリオを作り
営業活動を行いました。
今年はアウトドア関連の雑誌を中心に10〜20社にお送りしました。

9月。
今年の春から仕事を頂くようになった編集プロダクションさまから
別の雑誌のお仕事も頂けるようになりました。
こちらも隔月発行ですが、レギュラーのお仕事が増えるのは
とても喜ばしいことでした。

10月11月は少し活動は控えめでしたが
仕事をもくもくとこなす日々。

年末のお仕事もピークを過ぎた12月の中旬。
今年一番のビッグニュースが!
以前から憧れていた某出版社の某雑誌から
お仕事を頂きました。
(詳細はもう少ししたらご報告できると思います)

この雑誌でいつかお仕事したい!と強い思いがあったのですが
ポートフォリオを送るのですら、オイラにはまだまだ敷居が高くて
営業するのも恐れ多いほどだったのです。
ところが、今年はいろんなことがうまくいっていたので
調子に乗っていたのか「記念に」くらいの気持ちでお送りしていたのです。
なので、まさかお仕事を頂けるなんて夢にも思ってなくて
お仕事のメールを頂いた時は
誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントもいらない!
と思うほどでした。


そんなこんなで12月31日を迎えたわけですが
振り返ると今までで一番充実していた一年だったような気がします。

まだまだ右も左もわからない駆け出しのイラストレーターです。
これから先、大きな失敗もすることでしょう。
大変な苦難も待っていることでしょう。
時には立ち止まりながら
後ろを振り返ったり、脇道にそれたり、後戻りしながら
自分のペースでゆっくりと確実に前に進んでいきたいと思ってます。

2013年もどうぞよろしくお願い致します。
最後になりましたが、今年出会った人たち、今年のできごと、
支えてくださっているすべての人、物に感謝です。
よいお年を。
来年も笑顔で♪


2012年12月31日
はつせたかし
 
| 2012.12.31 Monday | 15:20 | [ え と ぶん ] | comments(0) | hatu |

卓上旅行


 8月も終わり、夏の暑さもひと段落して秋の夜風が心地よくなってきた頃。ふと思い立って全国版の時刻表を買ってみた。取り立ててどこかに行く用事もなければ予定もない。これからの季節は旅行にはもってこいだけれど、かといってどこかへふらりとでかけようという腹でもない。
 この「全国版の時刻表」とはその名の通り、全国のJRはもちろんのこと、長距離バスや観光バス、それに国内・国外の航空便から私鉄の主な特急列車まで網羅されている。しかも巻末には日本観光旅館連盟・JTB協定旅館ホテル連盟会員の旅館とホテル一覧が掲載されていて、大まかな金額や電話番号、部屋数、特長に至るまでこと細かに記されている。総ページ数は優に1,000ページを越える。普通の人ならば、自分の住んでいる場所から遠く離れた地方の電車の時刻など知る必要があるのか?という疑問が沸いてくると思うが、この本はもともと全国の切符を取り扱う駅の切符売場や旅行会社などで働く人たち向けに作られたもので、言うなればある種の業界誌なのだ。そんな業界誌がなぜ一般書店で小説や雑誌と一緒に販売されているかというと、それはごく一部のマニアの為と言っても過言ではない。オイラが初めてこの「全国版の時刻表」を購入したのは小学校の低学年だったと記憶している。
 当時はまだ家庭用ゲーム機などなかった時代で、放課後には近所の友達と田んぼで野球をするくらいだったオイラが電車に興味を持つようになったのは、女の子がお人形遊びをするように、ごく自然ななりゆきだった。旅好きな父の影響もあってか、いつの間にかオイラはこのディープな世界に深くのめり込んでいってしまったのだ。当時、まだ小学生のオイラはもちろん旅行に出かけられるようなお金もなく、仮にお年玉を貯めていたとしても小学生の一人旅など許してくれる親でもなかった。そこでオイラは毎月もらえるわずかな小遣いを貯めてこの「全国版の時刻表」をようやく手にしたのだ。この時刻表の表紙をめくった瞬間、オイラだけの夢の世界は開かれた。巻頭の全国路線図は見たことも聞いたこともない路線名や駅名で溢れていて、各地を結ぶ特急の名前を見ただけで胸は高鳴った。東京や大阪など巨大駅を発着する列車の多さに目を奪われ、1日に数本しか運行されていない田舎のローカル線には見たこともない田園風景に思いを馳せた。
 ところが、その後時代も環境も大きく変わってしまった。年齢を重ねる度に遊びの選択肢は増え、中学に入ると部活やボーイスカウトで忙しくなった。思春期には「鉄道マニア」という世の中の偏見がとても恥ずかしく思えてきて、自分の趣味を隠すつもりが、いつしかアタマの片隅から消えてしまっていた。
 あれから30年あまり。お金を手に入れ、自分の時間を手に入れ、バイクやクルマという移動の選択肢も増えた。有り難いことに今は自分の好きなことを仕事として生きることができているが、自営業という仕事柄、お盆や正月、休日、祭日はもちろん、平日さえもまとまった休みを取ることができない。今に始まったことではないけれど、このタイミングでふと全国版の時刻表を手にしたのは、旅行に行きたくても行けないというもどかしさが子供の頃の記憶を呼び起こし、小学生の自分に今の自分を重ね合わせているのかもしれない。
  
| 2012.09.06 Thursday | 03:01 | [ え と ぶん ] | comments(0) | hatu |

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